ぽれぽれっと。

出会いがしらに感じたまま。
へっぽこヴォーカリストの日々徒然。

■過去ログ(2004年8月〜2009年12月)
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■ ゴーヤ日記。
4月、ふと思い出して
おととし実家で採れたゴーヤの種を
植えてみることにした。

4月26日

GW前にまずは種をカットして水に浸す。

雑種第2代ってことになるので、
芽が出るのかすら疑っていたのだけれど。

5月10日

根が出た!
1週間くらいっていうのが2週間かかったけどね。

5月13日

一番早いのは植え付けの翌日には芽を出した。

5月15日

この頃は1日2〜3cmくらいずつぐんぐん伸びてた。

5月16日

1週間でもう鉢を分けて...

6月9日

支柱も立てて...

6月28日

9枚目の本葉が出たら「摘芯」をすべしというので
思い切ってチョッキンしたんだけど...

7月18日

確かに脇芽は伸びてきてるんだけど
なんだか全体的に枯れそうな風情...

やっぱり育たないのかなぁ...
上の方の葉っぱはまぁ元気に伸びてるので
しばらく様子を見ておきます。

 
| comments(0) | - | 19:14 | category: Green & Flower |
■ 確定診断。
4月末に口腔外科で

‖単嫣の造影検査
口唇小唾液腺の生検組織検査

の2つを受けた結果

,魯轡А璽哀譽鷯標群を証明できず陰性
(但し唾液腺炎の症状はあり)
△魯螢鵐儺綽蚕瓩△蠅罵枩

というわけで
初めから両方とも高値だった
抗SS-A抗体と抗SS-B抗体の陽性と
△陵枩の2項目で診断基準を満たし
「疑い」丸9年にしてついに
「シェーグレン症候群」の確定診断を受けた。

唾液は出ていて足りない感じはまだないのだけれど
でも口が乾く感じは少しずつ強くなってきてるし
来る時が来たってことなのだろうね。

唾液腺を刺激して唾液が出やすくなる薬があるそうなのだけど、副作用として胃や腸の調子が悪くなる場合があると言われてちょっとひるんでいる。

自覚症状が強い時だけ飲めばいいのならいいけど
常に飲み続けなければいけないとなると
なんだかちょっとね。

ただ、薬の効果は初期のうちに服用した方が
顕著だというのでどうしようかなぁって感じ。

そんな私の逡巡を見て、
投薬の判断は2ヶ月後に先送りとなった。

こういう薬のことにしても
やっぱり患者の会みたいなのに入った方が
いろんな情報が手に入りやすいのかな。

何はともあれ今後はもうずっと
九州医療センターの膠原病内科に
通院しなくちゃいけないらしい。

しかしとにかく人が多くて
予約診療の意味なんて為してないから困る。
この前も90分遅れとか...とほ。

でもって公費補助について聞いてみたら
自己負担額が一定額以上ないと対象にならないとかで
該当するのは相当に重症の人だけなんだそうで。

いくら補助を受けられるからといっても
重症にはなりたくないものです。

というわけで、確定診断を受けて変わるのは
通院先と診察の所要時間だけってことかな。

まずは口唇小唾液腺の生検のための切開の傷と
未だに残っている唇の痺れ感が消えてくれるのを待つのみ。
→メチクール錠500μg(ビタミンB12製剤)処方
  末梢神経障害の治療薬

| comments(1) | - | 22:18 | category: カラダのこと |
■ 疑い続けてはや9年。

9年ぶりの国立九州医療センター詣で。

シェーグレン症候群疑い
…という中途半端な状況になっていつの間にか9年。

シェーグレン症候群というのは自己免疫疾患で
いわゆる「膠原病」の一種。
厚生労働省が指定した130の難病のうちの一つでもある。

「疑い」が付くのは
その厚労省の診断基準に満たない状態だから。

血液検査では当初から既に
抗SS-A抗体、抗SS-B抗体共に
かなりの高値で出ていたのだけど
唾液腺、涙腺の検査を受けていなかったので
いまだに確定診断には至っていない。

かかりつけ医に3ヶ月おきの通院と
年に2〜3回の血液検査。
毎回の問診はハンコを押したように
「変わりありません」

だけど自覚症状の少なさとは別に
白血球数がじわりじわりと下がり続けて
2年くらい前からは2000台前半から戻らなくなった。

膠原病で白血球数が減るのは珍しくないらしく
「まぁ2000あれば大丈夫だから」と
特に気にせずいたのだけれど。

先日の検査でついに2000を切ったようで
かかりつけ医の先生から国立に行けとの指令。

ということで九州医療センターの膠原病内科へ。

「徹底的に調べたければ1週間くらい入院して...」
そんなに仕事休めないし
まだそこまでする必要性も感じていないし。
で却下。

「骨髄状態だけでも調べるなら骨髄穿刺だけでも...」
うーん、それ確かかなり痛いんだよね。
まだそこまでしなくてもね。
でこれも却下。

でもちょっと口が乾きやすい感じになってきたのと
口内炎が出来やすいことを告げると
口腔外科で口の乾燥状態を見てもらうことに。

まずはガムを10分噛んでその間に出る唾液量のチェック。
「出てはいるけどやっぱり少ない」
ということで、後日、口唇小唾液腺の生検と
唾液腺造影を受けることになった。

痛いらしい(T_T)

でもこれで陽性判定が出たら確定診断だな。
って、
確定されて何かいいことでもあるのかな。

医療費公費補助の対象になるとかならないとか
そんな噂もあるから
それなら確定診断もらった方がありがたいかも。
検査料もばかにならないからね。

この日の血液検査の結果は白血球数2100で
当然相当な低値だけれどもまぁまだセーフかな。
その他で基準値から外れてたのが
・LD(乳酸脱水素酵素)
・免疫グロブリンG
・赤血球沈降速度1時間値
の3つで、いずれも高値。
でもこの辺は膠原病にありがちらしく
先生も何も言わなかったので気にしないことにする。

そして1日経って気持ちが落ち着いてくると
初めは面食らった骨髄穿刺の件も
受けてみてもいいかなって思ったりもして。

自分の体の中で何が起こっているのかは
やっぱり知りたいんだよね。

まずは唾液腺の検査。
1ヶ月以上先なんだけど
でもやっぱり痛いのこわいよー。

*難病情報センター
 
| comments(0) | - | 21:52 | category: カラダのこと |
■ インフルエンザですと。
150114_213103.jpg
「あら出ちゃいましたね、A型」

インフルエンザと診断されました。
問診で医師にも「違うと思う」と言われたけれど
陰性のお墨付きを貰って出社したかったので
敢えてお願いして検査したらこの結果。

一般的に言われているような熱の出方じゃなかったし
この瞬間まで私も違うと思っていたのでびっくり。

こういうパターンもあるということで記録です。

【1日目】日曜日
喉の痛みと鼻づまりと頭痛が始まって
でも熱もないし、いつもの風邪だと思って
買い置きの市販の風邪薬を飲んで1日中寝ている。

【2日目】月曜日・祝日
じわっと発熱、とは言えmaxで37度程度。
まぁインフルエンザではないだろうと思って
引き続き風邪薬を飲んで寝ている。
しかし喉・鼻・頭痛の諸症状は一向に改善せず
加えて全身の筋肉痛も始まる。

【3日目】火曜日・連休明け
どうしても起き上がれず仕事を休む。
飲み続けた風邪薬が、朝の分で終了。
夕方あたりから熱が上がり始めて38.2度。

基本的に熱が出にくい体質なので
これはちょっと怪しいかも...と疑い始める。
そう思うと熱以外の全身症状なんかは
限りなくインフルエンザっぽい気がしないでもない。
翌朝起きた時の体温で判断しようと思って寝る。

【4日目】水曜日
そして今朝、目が覚めた布団の中で37.2度。
インフルエンザでなければ出社できる身支度をして
とりあえず病院に行くことにする。

診察の時の検温で36.6度・・・すでに平熱。
まぁ九分九厘陰性だろうなと思いつつも
冒頭↑の理由で検査してもらう。

「あら出ちゃいましたね、A型」

ー発症して5日かつ解熱した翌日から
平熱で2日間経過した後、出勤可能ー

医師の診断では発症は発熱した昨日ということで
つまりもう今週は出勤できないということに。

会社に電話して薬もらって家に引き返す。

薬はよく聞く「タミフル」ではなく
「イナビル」という吸入薬を2キット。
処方後その場で吸入して終了。
インフルエンザの治療としてはこれだけらしい。
その他は喉、鼻の薬と、発熱時の頓服薬。

引きこもり用の食料を買い込んで帰る。

具合が悪いといくらでも寝ていられるもので
さすがに食欲はないけど薬を飲むためにご飯を食べて
寝て起きて寝て起きて。

今現在37.3度。
平熱ではないけど高熱でもない。
もともと熱が出にくい体質だから
それでも結構上がっている感じではある。

ふと気になってネットで検索してみる。
「インフルエンザ」「熱が出ない」

どうやら風邪薬を飲んだのが間違いだったらしい。

ウイルスと闘うリンパ球を活性化するために熱を上げる、
つまりリンパ球が戦いやすい状況を作るために発熱する。

風邪薬で発熱を抑えてしまっていた場合
発見が遅れてウイルスの増殖が進んでしまい
結果として諸症状が長引くと...

とほほ。

薬嫌いなら薬嫌いらしく薬を飲まずにいたら
サクッと発熱してしぶしぶ病院に行って
サクッと見つかってサクッと治っていたのかも。

いやその前に、ちゃんと予防策を講じるべきだった。
二酸化塩素の抗菌グッズは机に置いてたんだけど...
あらこんなの発見

▪️消費者庁News Release H26.3.27
二酸化塩素を利用した空間除菌を標ぼうするグッズ販売業者17社に対する景品表 示法に基づく措置命令について 

やっぱりキチンとうがい手洗いして
あとはマスク使用を億劫がらないことだね。

仕事の日以外、実はほとんど引きこもりだけど
今週はインフルエンザという大義名分のもとに
堂々と引きこもります。
| comments(0) | - | 21:32 | category: カラダのこと |
■ 時は来たり。

今年もなんとか無事に父とのお正月を
迎えられたことにホッと一息。

だけど物忘れが激しくなったことに
不便や不安を感じるようになったらしく
私としても、いよいよ色々と具体的に
考えなくてはならない時が来たことを実感。

父の好きなように生活させたいとは思うけれど
車なしでは成り立たない今の実家の環境は
生活の安全を確保するにはかなり厳しい。

私の希望としては、
車なしで自立した生活ができるけれど
最低限の見守りがあるしかるべき施設に
入所してもらえたら安心なのだけれど。

まだギリギリ大丈夫だと思える今のうちに
父の希望や考えをはっきりと聞かなくては。

そんなことを思っての帰省だったので
いつ切り出すかぐずぐずとしていたのだけれど
帰省3日目にやっと話すことができた。

父もいずれは私の希望しているような生活への移行を
考えないわけではなかったらしいけれど
「まだ先の話」という感覚でいたそうだ。

もちろん今はまだ「先の話」ではあるけれど
それはごく近い「先」なのだということ。
だからそのための情報収集を始めるということ。

私自身が、確認をするように、ひとつひとつ。

少しでも長く多く
この太く短い年越しそばが食べられるように
父の生活を守るということが
今年の私のテーマなのだろう。


 
| comments(0) | - | 23:25 | category: 父。母。 |
■ 年の瀬に想う。
141228_010215.jpg
いつもの年より早い仕事納めが終わって
年末年始9連休に突入。

黒豆と年賀状
忘年会2つ
あとやっぱり美容院にも行かなくちゃね
そして帰省

休みとはいえ年末はやっぱり慌ただしい。
でも慌しければ慌ただしいほど
思考もエンジン全開になったりして
いろんなことが浮かんでは消えてゆく。

消えていくんだよね、ホント。
とほほなくらいに。

何かしら思いついた時に書き残すとか
どこかにポストするとかの余裕がなくて
ホントに残ってない。

多分、何か凄いこと思いついたはずなんだけどな。

それにしても
激動の2014年ではありました。

転職で仕事内容も職場環境も圧倒的な変化があって
生活のペースとか、そこでの優先順位とか、
いろんなことにやっぱり影響があって。

だけどね

日常生活の中の登場人物が劇的に増えて
日々その登場人物の数だけいろんなことがあって
いろんな感情を抱くのだけれど
詰まるところ、自分の思考回路の行き着く先が
この辺りだなってことを
再確認する毎日でもあるような気がしている。

人は鏡。
接する人数が多ければ多いほど
当然たくさんの鏡を見ることになる。

いろんな自分を見ることになる。

忘れてしまっていたこととか
年なりに身につけてきたものとか
これまで気づかなかったこととか

若い頃はそんな自分の内側を見ることに
嫌悪感とか苦しさを感じていたけれど
それを面白がれるようになったことが
年齢を重ねて得た
一番いいものかもしれない。

心配なこととか不安なこととか
そういうのは常にあるけれど
辛いとか苦しいとか
そういうのはあんまりないことを
幸せだなぁとしみじみ感じる年の瀬。

来年も良い年になりますように。
| comments(0) | - | 00:35 | category: Diary |
■ 健診結果がやって来た。
141018_100415.jpg

やっと来た。

会社を変わったら強制度がUPして
9月に久しぶり4年ぶりの健康診断を受けたから
結果を首を長〜くして待っていたのだ。

結論から言うと、ほぼ予想通り。
白血球数でE判定「要受診」

・・・のみ

のみ、なのだった。

6月末の胃の激痛の形跡が何か出るかと思ったけど
バリウムも飲んだけど異常なし。
CRPも正常値に戻っている。

あの時一体何が起こっていたのだろうね。
結局すべての真相は薮の中...まぁいいか。
我が身の回復力、恐るべし。

乳がん2種&子宮頸がん検診も異常なし。
ちょっとドキドキのメタボも非該当。
視力が下がってD判定だったけどメガネはもう作ったしね。

要するに引っかかったのは血液検査項目の
主治医の定期検査で出ている膠原病的数値と同じ
言ってみれば「安定的な異常」だけ。

まあほぼ健康ってことでめでたしめでたし。

白血球数が少ないことについては
もう3〜4年ずっと2000台という低値が続いていて
主治医のところで次回12月に詳しく調べることになっている。

ググったら2000あればまあギリギリOKみたいなので
あんまり心配していないのだけどね。

悩んだところでどうしようもないし。

あ、そういえば一つだけ
主治医が「血沈が高い」とボソッと言って
血液検査の結果票に書き込みをした。

血沈 18mm/h

炎症反応の有無がわかる・・・らしいけど何だろうね。

だからどうだとか、どうしろとか、どうするなとか、
膠原病=免疫異常というのは
そういうのが明確でないモヤモヤっとした病気のようで。

相変わらず痛くも痒くも何ともないから
カラダの中の状況を知る手段は血液検査の数値だけ。
検査結果をコレクションするのが
ある意味楽しみみたいになっている。

元気です。

【膠原病が原因と思われる状況】
・白血球数減少
・クンケル(ZTT)、チモール(TTT)高値
・LDLコレステロール高値
・血沈(赤沈)高値
 
| comments(0) | - | 12:00 | category: カラダのこと |
■ 半年…気づけば読書の秋。
140927_205554.jpg
『花子とアン』終わったね。

18年勤めた会社を契約満了で退社して
プー太郎生活突入のとき始まったから
半年たったんだなぁってちょっとしみじみする。

2〜3日前から金木犀の香りが鼻をくすぐるようになって
空気もようやくさらりと肌触りよくなって
一番好きな季節がやって来た。

新しい会社もあっという間に5ヶ月、
右往左往しつつもだいぶ慣れて
…というか
だいぶ人の名前を覚えて(汗)

ちょっと(?)前までは
すぐ覚えてずっと忘れなかったのにな。
さすがに年齢を痛感してしまう。

だけど働く場所があるというのは幸せで
同僚がいるというのも嬉しくて
今の職場をとても気に入っている。

で、花子に戻るんだけど。

本を読む時間が
通勤の地下鉄5分の往復だけという
朝ドラより短い日常の中、
ちょうど前の1冊を読み終えた。

放送中は読まない方が
ドラマを楽しめると思って
保留していた写真のコレを
やっと手に取る時が来たのだね。

実は『赤毛のアン』もまだ読んでないから
読まなきゃって思ったり。

だけど積読本もたまってるんだよね。
しばらくは本屋に近寄らないようにしなくては。
| comments(0) | - | 22:02 | category: Diary |
■ いとこの距離感。
写真.JPG
横須賀から車で16時間、
叔父といとこ一家が実家にやって来た。

会うのは4年ぶりくらいだけど
みんなで山口まで来てくれたのは私たちが子供の頃以来
おそらく30ン年ぶりなんじゃないかな。

父の兄弟も母の姉妹もみんな
てんでバラバラの土地にいて
いとこ達と会うのもしゃべるのもいつも
ホントに何年ぶりかってことばかり。

子供の頃は再会してもしばしの間
人見知りな時間があったりしたけれど
大人になるとその時間が必要なくなって
会えばすぐに打ち解けた会話ができる。

一人っ子の私にとっていとこ達は
とても大切な存在。

たまにふっと、どうしてるのかなと思うくらいで
特別何をするということもないのだけれど。

とうとう子供を持つことも出来なかったから
いつか父を見送るときがきてひとりぼっちになったとき
それでも血のつながった人がいると思えることは
やっぱり心のよりどころになるのだと思う。

そんなこんなで今回、
すっかりしっかり母になった従姉妹は
眩しくて頼もしくて嬉しくなった。

しかし人見知り年齢まっただ中の娘っちには
どう声をかけていいかもわからず
少し離れたところから興味深く観察するばかり。

私も相当な人見知りの子供だったから
話しかけられることの戸惑いがわかるだけ余計に声かけられなかったりもして。

ま、彼女がもっと大人になれば
少しは話せるようになるでしょ。

そして30ン年前にみんなで一緒に行った
秋芳洞と秋吉台へ。

やっぱり親族ならではの珍道中で
笑える思い出がまたひとつ増やせたかな。
写真も早くちゃんとプリントしてみんなに送らなきゃ。

3日間、父も嬉しそうで楽しそうでよかった。
来てくれてホントにありがとうね。

写真.JPG
 
| comments(0) | - | 19:18 | category: 父。母。 |
■ 七回忌。
写真.JPG
母との別れは
ついこの間だったような
うんと昔のことのような

6年か...

けれどあの日のことはまるで色褪せず
最後に母と視線を交わした瞬間のことは
いつでも何度でも鮮やかにプレイバック出来る。

後悔や無力感や罪の意識や
寂しさや悲しさや歯がゆさや
いろんな感情が詰まったフィルムのように。

そんな思いを抱えて生きる身に
時々やってくる区切り。
それが法事なのだなぁと改めて思う。

段取りとか手配とか準備とか
そういうのを「する」ことが
親離れのステップなのかもしれないね。

だけど今はまだ
健在の父に甘え頼っているのだけれど。


葬儀、一周忌、三回忌と続く初めの2年が過ぎた後
我が家に親族が集まるのは4年ぶりになる。

父はもちろん叔父叔母たちにも
4年という時間は決して短くないということを
実感させられるひとときでもあった。

次は十三回忌。

6年後、
実家の庭には何が実っているだろう。

写真.JPG
| comments(0) | - | 13:45 | category: 父。母。 |
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